得生山 信行寺

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信行寺について

沿革

信行寺は、正式には得生山(とくしょうざん)安楽院 信行寺と称し、南無阿弥陀仏と一心に称える専修念仏の教えを弘められた法然上人を宗祖とする浄土宗の寺院です。
開創は鎌倉時代の建保二年(一二一四年)と伝えられ、浄土宗第二祖・聖光坊弁長上人(聖光上人)によって開かれました。
聖光上人が京都と鎮西を往来された折、歌島(現在の向島)の三ツ石に草庵(信行庵)を結ばれたのが信行寺の始まりとされています。
その後、慶長年間(一五九六年~一六一五年)、称住上人がこの草庵で四十八昼夜の念仏修行を行いました。四十八日目の満願の明け方、阿弥陀如来のご来迎に逢い、たくさんの念仏の結衆とともに尾道水道へ入水往生されたと伝えられています。
その際に結衆の一人が「現世に残り、この庵を相続せよ」との阿弥陀如来のお告げがあり、行欣上人が残ることとなりこの庵を相続した。
その後江戸時代の慶長八年(一六〇三年)には、現在地より下、現在の山陽本線の線路付近に寺を移しました。
また明治二十四年(一八九一年)、山陽鉄道の開通に伴って再び移転することとなり、堂宇を現在地へ移しました。
正面石段の右側には、幕末維新の頃、尾道・大阪間の船航路を開いた当地の廻船問屋、竹内要助一門の墓所があります。
左側には、尾道の歴史書『尾道志稿』の著者で、尾道の豪商でもあった油屋亀山士綱をはじめとする亀山一統の墓所があります。
また境内には、六代目桂文治と親しい関係にあり、かつて尾道で旅芸人として活躍し、「尾道文治」「旅文治」と呼ばれた尾道の桂文治の墓もあります。

開基

信行寺は浄土宗第二祖の聖光上人(聖光坊弁阿弁長上人)を開基としています。

開基・聖光上人

信行寺の開基である聖光上人(しょうこうしょうにん・一一六二年〜一二三八年)は、浄土宗の宗祖・法然上人の教えを受け継いだ浄土宗第二祖です。法名を弁長(べんちょう)といい、聖光坊、鎮西上人とも呼ばれました。

聖光上人は筑前国香月、現在の福岡県北九州市に生まれ、幼くして出家されました。その後、比叡山に登って天台教学を学び、やがて多くの僧が修行する油山の学頭を務めるほどの学僧となられます。

しかし、聖光上人の歩みを大きく変える出来事がありました。ともに仏道を学んでいた弟・三明坊が生死の境をさまよう姿を目の当たりにされたことです。それまで長い年月をかけて仏教を学んできたにもかかわらず、人の生死という大きな問題を前に、自らの学問だけではどうすることもできない。その経験を通して、「どのような者であっても救われていく道とは何か」を深く求めるようになったと伝えられています。

三十六歳の時、京都で法然上人と出会います。そこで出会ったのが、阿弥陀さまの本願を信じ、「南無阿弥陀仏」と称えて極楽浄土への往生を願う念仏の教えでした。聖光上人は法然上人に深く帰依し、そのもとで教えを学ばれました。

聖光上人がとりわけ大切にされたのは、念仏について知るだけではなく、自ら「南無阿弥陀仏」と称え、その念仏を生涯にわたって続けていくことでした。

法然上人が亡くなられた後、その門下では念仏についてさまざまな説が生まれ、互いに論争するようになりました。聖光上人は、議論にとらわれるあまり、法然上人が最も大切にされた称名念仏そのものが失われていくことを深く憂えられます。

そこで安貞二年(一二二八年)、肥後国の往生院に同志を集め、四十八日間にわたって念仏を修し、その中で法然上人から直接受けた教えをまとめられました。
それが『末代念仏授手印(まつだいねんぶつじゅしゅいん)』です。

『末代念仏授手印』には、念仏往生の教えを中心に、読誦・観察・礼拝・称名・讃歎供養の「五種正行」や、念仏する者の信心と実践などについて記されています。そして、自らの手印をもってその教えの証とし、後の世の人々が迷うことのないよう、法然上人から受け継いだ念仏の道を明らかにされました。

そこには、「自分の考えを残したい」という思いではなく、法然上人からいただいた念仏の教えを正しく次の世代へ伝えたいという、聖光上人の強い願いが込められています。

聖光上人は、自らも念仏を称え、多くの人々とともに念仏を修しながら、九州を中心にその教えを広められました。その姿には、学問のための仏教ではなく、生きること、老いること、病むこと、そして死を迎えることに向き合う人々のための仏教を求め続けた聖光上人の信仰を見ることができます。

その教えは、のちに「鎮西義・鎮西派」と呼ばれ、第三祖・良忠上人へと受け継がれました。そして、この流れが現在の浄土宗へと続いています。

信行寺は建保二年(一二一四年)、聖光上人が京都と鎮西を往来される折、向島の三ツ石に一草庵を結ばれたことに始まると伝えられています。

それから八百年余り。信行寺では聖光上人を開基と仰ぎ、法然上人から聖光上人へと受け継がれた「南無阿弥陀仏」のみ教えを、今日まで大切に受け継いでいます。